労働条件の重要部分にあたる給与については労働者の注目度が高く、良質な人材であればあるほど、これまでも好待遇を受けていた可能性が高く、それ相応の生活水準になっている点は想像に難くありません。よって、企業として継続して良質な人材獲得に向けての給与設定は抜かりなく設定していく必要があります。今回は、良質な人材確保に向けての給与設定の方法にフォーカスをあてていきます。
基本給を設定するにあたっての留意点とは
給与を設定するにあたっては、新卒採用であれば会社で規定する給与表に当てはめ、画一的な決定でも問題はないでしょうが、中途キャリア採用の場合、これまでの経験を金額に反映することが一般的です。例えば管理職として迎えると称しても総支給額が一般の従業員とほぼ変わらない金額であれば、形式的な管理職として採用にまで至らないこともあるでしょう。
実際に基本給に上乗せをするのか、手当(例えば職務手当)を付加するのかは企業の裁量に委ねられますが、単なる肩書の付与だけでは採用後であっても長期雇用のインセンティブにはなりません。
手当を設定するにあたっての留意点とは
手当を設定する場合、同一労働同一賃金の観点から「手当を設ける背景や理由」を明確化させておく必要があります。単にパートだけには支給しないという理由では問題となる場合があります。手当を設ける場合、生活保障的な手当(例えば通勤手当や住居手当)と職務に関連した手当があります。
ここでおさえておかなければならない論点として、後述する残業代に算入しなければならない手当の存在です。
残業代への影響とは
労働法制上、割増賃金算定にあたって除外できる賃金は以下の賃金に限定されています。
・家族手当
・通勤手当
・別居手当
・子女教育手当
・住居手当
・臨時に支払われた賃金
・1か月を超える期間ごとに支払われる賃金
上記の手当は限定的に残業代算定の基礎額から除外可能となりますが、それ以外は算入しなければならないということです。例えば中途キャリア採用時に設ける資格手当なども残業代を算定する際に資格手当も含めて算入する必要があり、労働基準法第41条で定義する管理監督者に該当しない場合、月々発生し得る残業代も上昇する方向へ作用します。
また、労働基準法第41条で定義する「管理監督者」は合法的に労働時間、休憩、休日の規制が及びません。よって、最も一般的に認識されている部分として残業代の支払いが義務付けられていません。しかし、過去の労働判例でも多くの場合、管理監督者の定義は狭く解釈されており、出退勤の自由があり、経営者と一体的な立場にあること、その地位に相応しい待遇がなされていること、人事権の行使が可能であることなどの要件を勘案して決定しなければならず、基本給や手当で好待遇を設定していたとしても、他の要件の実態が伴っていなければ否定されるリスクもあります。よって、判断に迷う際には専門家へ意見を求める姿勢が重要です。
昇給への影響とは
我が国の賃金制度の多くは一定年齢まで昇給を行い、一定年齢到達後に昇給を止める制度が多く採用されています。注意点として採用時にあまりにも高額な設定をしてしまうとその後、早期に賃金テーブルの最上位に到達してしまうといった悩ましい問題があります。従業員には これ以上昇給しないという現実を突きつけなければらない場合でも他のインセンティブを与えることができるかがポイントです。そこで、採用時にはその後の昇給を保障し、若干基本給を低めに設定するという選択肢もあります。
賞与への影響とは
賞与は基本給と異なり必ず支給しなければならないものではありませんが、就業規則の記載内容(例えば●月●日に基本給の△%を支給すると明言している)によっては支給が必須となる場合もあります。多くの場合、賞与は基本給の数%とすることが一般的で、基本給を高く設定すればするほど賞与も高額になります。
結論としては就業規則の記載内容を勘案し、支給が必須とならざるを得ない場合、基本給の設定は慎重に判断すべきと言えます。この場合、従業員目線でも賞与は抽象的な権利ではなく、支給されることを前提に考えていることから基本給の設定は賞与にも影響する点はおさえておくべきです。
また、賞与の支払いは法律上の義務でないことから他社との差別化を図る意味で月々の基本給は低めに設定し、賞与の%を高めに設定することで月々の人件費を抑えながら賞与は他社より高額であるという高揚感を与えるという選択肢を採用する企業もあります。
退職金への影響とは
現在、将来債務となる退職金をリスクと捉え、企業型DC制度を設けて、毎月掛金拠出し、将来債務を減らすという選択肢も多く採用されています。一般的に退職金は長く勤務すればするほど高額となり、税法上も有利になります。尚、税法上の恩恵は勤続20年を境に更なる恩恵がもたらされます。しかし、雇用の流動化が促進されている現代において、20年を超えて同一企業に勤めるビジネスパーソンは決して多いとは言えません。
企業型DCを採用せず、原資を積み立てておく方式の退職金制度の場合、基本給に勤続年数を乗じて算出することが一般的です。よって、退職時の基本給が高額であればあるほど退職金額も高額となります。尚、退職金も賞与と同様に法律上の支給義務はないことから企業の裁量によります。当然、退職金の有無は採用に当たっての誘引になり得ることから資金的に余裕のある企業であれば設けていることが多いです。
労働条件を引き下げざるを得ない場合の留意点とは
労働条件を引き上げることについて異議を唱える労働者は少ないでしょう。しかし、引き下げとなると、程度や時期にもよりますが、トラブルとなる場合が多いです。当然、引き下げを行う場合、合理的な理由が必要であり、無制限に引き下げを行うことは信頼関係に亀裂が生じます。特にこれから入社する求職者に対して一度提示した労働条件を引き下げる場合、合理的な理由と代替措置が可能である場合はその旨を伝え、懇切丁寧に説明していく必要があります。
また、労働条件引き下げのポイントとして、特定層のみ(例えば労働組合に加入する者のみ対象とする)引き下げを行うことは適切ではなく、応分負担と言い全体で痛みを分け合うという対応が必要です。
社会通念上の相場観
業種によっては景気が上向きの業種もあれば下向きの業種もあり、画一的に議論することは不可能です。前述の労働条件引き下げの議論でも同様の話となりますが、社内での検討だけでなく、同業種の社会通念上の現況も踏まえ判断をしていくことが重要です。社内に限って一時的に売り上げが下降気味であっても業界全体を見ると景気が上向きである場合、従業員の納得感を醸成するのは困難を伴います。
最後に
給与や手当は一度設定するとその金額が従業員の基準となり、生活水準もその基準を基に形成されることから、そこから引き下げるという対応は困難を伴います。しかし、あまりにも低い給与水準の提示では良質な中途キャリア採用は困難となり、労働生産性に負の影響を与えます。高い金額を提示すること自体は良質な人材獲得の誘引にはなり得ますが、その金額を継続して支払っていける体力があるのか考慮する必要があります。また、限定的に
そのような(好待遇での)対応をした場合、他の労働者の納得感をどのように得るのかも併せて考慮しておく必要があります。