労使協定に縁のない会社はほとんどないものと思います。代表者を立ててネットで書き方を検索して、書類を作成して・・・なんとなく面倒なイメージを持っている企業様も多いかもしれません。しかし、労使協定のことを知れば知るほど、企業側にとっても有益な仕組みであることをご理解頂けることでしょう。今日は、読めばちょっと労使協定が好きになる、協定の基礎をお話します。
労使協定の役割について
労働者と使用者の力関係が偏ることで、使用者が労働者を法外にこき使うことがないよう、労働基準法においては、労働者を守る様々なルールが規定されています。しかし、これらのルールに例外を一切作ることができないかというと、そうではありません。
労働基準法で定められたルールには、一部例外を許す内容が記されています。例外で運用したい場合は、その内容を就業規則に規定したり、労働協約を締結したりしますが、これを労働者と使用者の間で書面にて締結したものを、労使協定といいます。
たとえば、労働基準法には、休憩についての規定があります。
“前項の休憩時間は、一斉に与えなければならない。”(労働基準法第34条)
このルールに例外がなかったら、あらゆる企業が同じ時間に一斉に従業員が休憩をとり、職場を空けることになりますよね。それでは困りますので、
“ただし、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定があるときは、この限りでない。”(労働基準法第34条ただし書)
という例外が記されています。
このように、労使協定の締結によって、例外を取り入れることができます。しかも、協定の締結は、使用者側として「労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者」と決められていますので、従業員ひとりひとりに合意を取りにいかなくても、しかるべき代表者との締結で、従業員全員に例外を適用することができるのです。
労使協定の締結は一見面倒ですが、自社の運用にそぐわない法定義務を免除・免罰する効果を得られるうえ、代表者との締結で全体に適用できることを考えると、企業にとっても有難い仕組みだといえるでしょう。
どんな場合に協定を締結すべきか?届け出義務の有無も併せて確認
労使協定は種類が多く、かつ、締結した労使協定を管轄の労働基準監督署に届け出る必要があるか否かも、協定の種類によって異なります。ここでは協定の概要を一覧で確認してみましょう。
なお、労使協定が有効となるのは、時間外労働・休日労働に関する労使協定(通称36協定)については「届け出が受理された時」であり、それ以外の協定は「締結した時」から効力を発します。
時間外労働・休日労働に関する労使協定(36協定)
届け出義務:要
労使協定で最も有名で重要な協定です。労働者に残業もしくは休日労働をさせる
可能性がある場合は、必ず締結・届け出ともにしましょう。1年ごとの更新が必要です。
社内預金に関する労使協定
届け出義務:要
従業員が希望した場合に限りますが、会社が社員の給与等を社内預金として管理できるようにするための協定です。なお、社員の希望ではなく会社が強制した場合、労働基準法18条違反となり、罰則(6か月以下の懲役又は30 万円以下の罰金)があります。管理も大変なため、よほどの必要性がなければ敢えて締結の必要はないと思われます。
1年単位の変形労働時間制に関する労使協定
届け出義務:要
1年単位の変形労働制を導入する場合に締結します。1年間で繁閑が明確な企業にとっては、締結するメリットがある協定になります。
1週間単位の非定型的労働時間制に関する労使協定
届け出義務:要
規模30人未満の小売業、旅館、料理・飲食店の事業にしか適用されない勤務体系のため、比較的マイナーな協定です。1か月単位の変形労働制との違いは、シフトの提示が週ごとでよいとされている点がメインです。土日が非常に忙しく平日が暇なお店等がイメージしやすいのではないでしょうか。
専門業務型裁量労働時間制に関する労使協定
届け出義務:要
法令で定められた19職種で勤務する従業員に対して、みなし労働制を適用できる制度です。なお、19職種とは、下記の職種となります。
新商品や新技術の研究開発または人文科学や自然科学に関する研究の業務
情報処理システムの分析、設計の業務
新聞・出版事業における記事の取材または編集の業務または放送番組の制作のための取材、編集の業務
衣服、室内装飾、工業製品、広告などの新たなデザインの考案の業務
放送番組、映画などの制作事業におけるプロデューサーまたはディレクターの業務
コピーライターの業務
システムコンサルタントの業務
インテリアコーディネーターの業務
ゲーム用ソフトウェアの創作の業務
証券アナリストの業務
金融工学などの知識を用いて行う金融商品の開発の業務
大学における教授研究の業務(主として研究に従事するものに限る)
公認会計士の業務
弁護士の業務
建築士(一級建築士、二級建築士及び木造建築士)の業務
不動産鑑定士の業務
弁理士の業務
税理士の業務
中小企業診断士の業務
1カ月単位の変形労働時間制に関する労使協定
届け出義務:就業規則に規定すれば不要 規定しない場合は要
「シフト制」「変形労働制」と言われる勤務体系の場合、この変形労働制を適用しているところが圧倒的に多いです。1日8時間以上の労働を命ずる代わりに労働日数を減らしたり、休日と労働日が毎週均等でない場合等によく締結されます。一般的には、就業規則に定めたうえで、労使協定を社内で締結し、労基署に提出しない方法を取ります。
事業場外労働に関する労使協定
届け出義務:みなし時間が1日8時間を超える場合要 超えない場合不要
従業員が一人で直行直帰したりするような場合の労働時間をみなす場合に締結します。出張などで移動が多く、どこまでを業務として取り扱うか不明確な場合にもよく利用されます。ただし、上司が同行していて指示をあおいでいたり、携帯電話で労働時間を管理されているような場合は利用できません。
フレックスタイム制に関する労使協定
届け出義務:不要
フレックスタイムを導入する場合に締結します。対象労働者の範囲や清算期間、コアタイム、1日の労働時間等を協定で詳細に定めて締結する必要があります。
賃金控除に関する労使協定
届け出義務:不要
社会保険料や社宅の費用等、「事理明白なもの」については控除が認められていますが、社内のサークルの会費、貸与品を紛失した場合の買い取り費用など、イレギュラーな費用について、勝手に社員の給与から天引きすることは禁止されています。天引きの目的を明確に列挙して締結する必要があります。
一斉休憩の適用除外に関する労使協定
届け出義務:不要
前述のものです。休憩時間を一斉に取らない場合に締結します。
年次有給休暇の計画的付与に関する労使協定
届け出義務:不要
会社が時季を指定して有給を消化させる場合に締結します。付与した有給のうち、5日を除く日数について適用できます。2019年4月から、年10日以上の有給が付与される従業員に対して、時季を指定した有給の消化が義務付けられたため、従業員が自発的に5日以上有給を取れない企業は、ほぼ必須といえる協定になります。
年次有給休暇の賃金に関する労使協定
届け出義務:不要
有給休暇を取得した場合は、平均賃金又は所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金を支払うことが定められていますが、この計算に健康保険法第99条第1項に定める標準報酬日額に相当する金額(標準報酬月額の30分の1)を支払うことに定める場合に利用します。計算が煩雑なため、あまり一般的ではありません。
育児休業制度の適用除外者に関する労使協定
届け出義務:不要
1歳に満たない子を養育する労働者に対して育児休業を取得させることは義務ですが、①入社して間もない(1年未満)のにすぐ育児休業に入ろうとする、②退職することが確定しているのに育児休業に入ろうとする、③ほとんど勤務していない(1週間の所定労働日数が2日以下)のに育児休業を欲しがる というのは制度の趣旨とずれるため、協定を締結していれば育児休業制度の対象外としてもいい、とされています。まだ対象者がいなさそうでも、念のため締結しておいて損はないでしょう。
介護休業制度の適用除外者に関する労使協定
届け出義務:不要
育児休業制度の適用除外者の介護版だと思ってください。これも締結しておくべきです。
割増賃金の代替休暇に関する労使協定
届け出義務:不要
月60時間を超過した残業時間に対して、時間外労働に対する25%に更に上乗せで25%の割増賃金を支払うことになっていますが、この60時間超過分に対する割増賃金を支払う代わりに、有給の休暇(代替休暇)を付与することを認める制度です。繁閑が明確な場合や、事故対応などで一時的に60時間を超過した場合などは、割増を払うより、落ち着いてから休暇を取ってもらうほうが、従業員にとっても有難い可能性もありますので、締結しておくとよいでしょう。なお、締結しているからといって、60時間超過分を割増賃金にしてはいけないわけではないので、締結することで選択肢を増やすことができます。
年次有給休暇の時間単位付与に関する労使協定
届け出義務:不要
半休や時間休を導入する場合に利用します。従業員側にとっては、用事を済ませて会社に行くことができたりとメリットが多いですが、残有給日数の管理が複雑になるため、締結は管理方法等をしっかり検討してからするほうがいいでしょう。
36協定が一番重要!必ず締結・提出しましょう。
協定はすべて重要ではありますが、その中でも最も重要度が高いものとして、時間外労働・休日労働に関する労使協定(36協定)が挙げられます。「36協定」という通称は「労働基準法第36条」からきています。
”(時間外及び休日の労働)
第三十六条 使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、これを行政官庁に届け出た場合においては、第三十二条から第三十二条の五まで若しくは第四十条の労働時間(以下この条において「労働時間」という。)又は前条の休日(以下この項において「休日」という。)に関する規定にかかわらず、その協定で定めるところによつて労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる。ただし、坑内労働その他厚生労働省令で定める健康上特に有害な業務の労働時間の延長は、一日について二時間を超えてはならない。”(労働基準法第36条)
残業が1分もない会社、というのはほとんど存在しないと思いますが、実は協定を締結せずに残業をさせるのは「違法」なんですね。36協定では、協定で定めた範囲内でのみ時間外労働を認めることで、過重労働を抑制するねらいがあります。主に定める内容としては、
・具体的にどのような場合に残業をさせるか
・対象の従業員
・1日あたり、1か月あたり、1年あたりの残業の上限時間(それぞれ)
・休日労働をさせる回数
・休日労働をさせる場合の時間帯
などがあります。なお、協定を締結したからといって無尽蔵に労働させられるわけではなく、原則として、1か月の残業時間の上限は45時間・年間の上限は360時間と定められており、法定休日出勤も月に2回以上は禁止されています。
労使協定を適切に締結しなければ、どうなる?
結論からいうと、罰則があります。なお、労使協定に関する罰則には3種類あります。一つ目は、「届け出をしなければならない労使協定に対して、届け出を怠ったこと自体に対する罰則」です。二つ目は、「締結した労使協定を従業員に周知しなかったことに対する罰則」です。三つめは、「協定を締結して初めて適用できる例外のルールを、協定を締結せずに行ったことに対する罰則」です。
一つ目の「届け出をしなければならない労使協定に対して、届け出を怠ったこと自体に対する罰則」については、30万円以下の罰金となります。
二つ目の「締結した労使協定を従業員に周知しなかったことに対する罰則」も同様に、30万円以下の罰金となります。
三つ目の「協定を締結して初めて適用できる例外のルールを、協定を締結せずに行ったことに対する罰則」については、6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金となります。例えば、36協定を締結していない状態で残業させたり、一斉休憩適用除外の協定を締結していないのに、従業員にばらばらに休憩を取らせた場合などがこれに当たります。
ご覧の通り、三つ目の罰則が厳しいことがわかります。
専門家に一旦丸投げでもOK。協定はきちんと締結しましょう!
こまで読んだものの、自社がどの協定を締結するべきかわからない、あるいは、締結すべきことが多すぎる、という場合は、一度社労士事務所に問い合わせてみてもいいかもしれません。
検索すればネットにひな形が落ちているものもありますが、実際に協定書をイチから作成しようとなると、書き方がわからない・労基署に提出したが差し戻しされる、等で思った以上に工数がかかります。計画的有給付与に関する労使協定書など、はじめて作成する人にとってはかなり難易度の高いものもあり、とりあえず作成してみたものの、内容が正しいのか誰かにチェックして欲しい、という需要もよく耳にします。
外部に委託するのはちょっと勿体ない、という声もありますが、協定関係はプロからしてみると難易度の低い業務なので、思った以上に安価で対応してもらえることもあり、また、内容に問題がないか、といった不安も解消できます。
労使協定に不備があった場合、万が一罰則となってしまえば、金銭的にも損失が大きく、また、過去に罰則を受けたことがある、という事実は、IPOやM&Aの際にも非常に印象を悪くさせる一因になります。会社だけでなく自分自身も罰則から守るため、労使協定をしっかり締結しておくと安心です。
社労士法人キャシュモでは、36協定や就業既存の作成をはじめ、各種労務手続や労務コンサルティングを提供しています。
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