「経営理念」と聞いて皆さんは何を思い浮かべたでしょうか。「そんな哲学的なことを考えている余裕なんてない」とか、「会社は利益を上げるために仕事をしているのだからたいして重要ではない」、と考えておられる人もいるのではないでしょうか。
実は、会社経営にとって最も大切なのは「経営理念」だと考えられています。
日本の中小企業へのアンケート調査でも持続的に競争優位を獲得する方法として経営理念の浸透を挙げる経営者が多くいることがわかっています。
この記事では、会社が持続的に競争優位に立つために必要不可欠な「経営理念」とは何か、その作り方や例、生かし方について解説していきます。
自社は何のために存在するのか
会社には起業したときの「想い」というものがあるはずです。「何々を提供するため」「何々を販売するため」という目的はわかっていても、その目的を達成するための「想い」、これはうまく表現しにくいものです。
しかし、表現しにくいといえども、経営者が抱いている「想い」とかけ離れた結果が出るようでは経営が成り立ちません。
「こんなはずじゃなかった・・・」というようなことがないように、すべての根幹をなす「自社は何のために存在するのか」という想いを表現することは、実は会社経営において最も重要なことなのです。
なぜ経営理念が必要なのか
「自社は何のために存在するのか」ということは、すなわち「存在意義」です。起業した経営者の「想い」は明文化して、株主、従業員はもちろん、取引先などステークホルダーに理解されるようにしておかないとなりません。
なぜなら、その人たちが協力してくれるおかげで会社の事業活動ができるわけですので、経営者の「想い」を理解し、賛同してもらうことが必須となるからです。
そして、みんなから賛同を得るような経営者の想いには、「会社として何が正しいか」という「倫理観」が必要です。
会社の存在意義を共有する仲間を集め、みんなで同じ方向に向かって事業活動を進めて行くためには、何か迷ったときに立ち返る拠り所となる「正しく明文化された想い」すなわち「経営理念」が必要なのです。
経営理念のない会社はどうなるか
この「想い」が明文化されておらず、経営理念らしいものが無い状態、まったく社員に理解されていない状態、あるいは誤解されている状態を想像してみてください。日常の社員の行動はどうなっていくでしょうか。
経営理念が共有されていないと、会社の本来の目的を見失い、収益獲得のみが目的化して、倫理に反する行為を助長してしまう可能性があります。その結果、社会的信用を失い、ひいては会社の存在自体が危うくなったような事例は枚挙に暇がありません。
経営理念の効用
誰にでもはっきりと理解することのできる経営理念を、従業員や関係者で共有すれば、次にあげるような効用があります。
働きがい・モチベーション向上
従業員が自社を選んで働いているのは給料をもらうためだけではありません。「仕方なくやっている」状態の人はつまらないだろうし、会社にとっても好ましいとは言えません。多くの従業員は「この会社で働く意味」を求めているものです。
自分の労働が自分のためだけではなく、社会のために役立っているのだという確信があれば、労働には使命感が出てきます。使命感とは「働きがい」でありモチベーションの源泉です。
社会的使命感を持った従業員には、日常の仕事の中で起こる、お客様からの感謝の言葉など小さなことの一つ一つがモチベーションとなっていきます。こうした一つ一つの積み上げが社業の活性化には大事なのです。
想いを引き継ぐ
世代交代などの理由で経営者が替わることがあります。しかし多くの場合、仕事のやり方は変わっても経営理念まで刷新されることはないでしょう。変わったとしても表現だけにとどまり核心部分は残るはずです。そしてそれは、ステークホルダーに対しても同じです
しっかりと経営理念があれば、起業した時の思いを引き継ぐことができます。経営を持続させていくのにも重要な役割があるのです。
人材採用に生かせる
新卒者などは就職先を探すときに給与や仕事内容のほかに、会社の経営理念を重要視する傾向にあります。長く働こうとするならば、自分の目指す方向性と、会社の方向性がマッチすることが必須になるからです。
経営理念を掲げるとこのようにして自然と会社の想いに賛同してくれる人が集まるようになります。そうすると会社はさらに活性化して経営もやりやすくなり、業績も上がり、採用も有利に働くという好循環が生まれるのです。
存在意義の共有
自社を支えているのは、経営者と従業員だけではありません。お客様、取引先、銀行、株主、いわゆるステークホルダーの人たちすべてです。この人たちが考える自社の存在意義が、バラバラで統一されていなかったとしたらどうでしょう。
はっきりとした理念があるからこそ信用され、支えようとする動機づけが起こり、一体感が生成されるのではないでしょうか。
このように、経営理念にはステークホルダーとの間で自社の存在意義を共有するための重要な役割があるのです。
経営理念の作り方
なんとなくぼんやりとしか経営理念がない、一応あるのだけれど浸透・共有できているとは言えないというのであれば、経営理念をもう一度作り直してみましょう。その作り方は3つのステップに分かれます。
ステップ1.ミッションをはっきりさせる
ミッションとは「社会的使命」のことを指します。自社は仕事を通じてどのように社会に貢献するのかをはっきりと描けるように考えて議論しましょう。具体的には、
どのような仕事を通じて
誰に
どんな貢献をするのか
を決めていきます。
ステップ2.ビジョンをはっきりさせる
ビジョンとは「未来像」のことです。自社が将来どう言う姿になりたいのかをはっきりとさせます。たとえば、「地域で一番愛され、親しまれる会社になりたい」などです。
ステップ3.バリューをはっきりさせる
バリューとは「価値観」のことです。会社で大切にしたい価値観を明確にすると、どういう行動をとればよいのかが見えてきます。
これは先に挙げたミッションやビジョンよりより具体的な内容になっていきます。短く覚えやすいリストのようなものになっていく場合が多いといえます。例えば、
謙虚 常に謙虚な気持ちですべての人に接する
誠実 お客様のオーダーには誠実に対応する
熱意 仕事への熱意を大切にする
などです。
経営理念の例
ではここで、経営理念の例を見てみましょう。
京セラ
“全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類、社会の進歩発展に貢献すること“
京セラは、大企業ですが、この経営理念が作られたのはまだ零細企業だった創業3年目の時の出来事をもとにしています。残業続きで不満を持った社員たちと三日三晩話し合った結果、「全従業員の物心両面の幸福を追求」という言葉が入ったのです。
大切なのは「物心両面」というところです。お金だけではなく心の内容も幸福な状態にしなければならない。そしてそのことを通じて「人類、社会の進歩発展に貢献」するという使命感があり、これを追求することが、社員の幸福につながるのだという結論に至りました。
そしてこの経営理念は現在でも変わることなく存在し続けています。
パナソニック
“「綱領」
産業人たるの本分に徹し社会生活の改善と向上を図り
世界文化の進展に寄与せんことを期す
「信条」
向上発展は各員の和親協力を得るに非ざれば得難し
各員至誠を旨とし一致団結社務に服すること
「私たちの遵奉すべき精神」
産業報国の精神、公明正大の精神、和親一致の精神、力闘向上の精神、
礼節謙譲の精神、順応同化の精神、感謝報恩の精神
今後もパナソニックは、経営理念に基づいて、
社会の課題解決と発展に貢献し続け、新しい未来を切り拓いていきます。“
経営理念のことを語るとき、どうしても避けて通れないのがパナソニックの創業者、松下幸之助氏の経営理念です。松下幸之助氏は、経営に最も大切なこととは経営理念を確立することであり、経営理念が確立出来たらその会社の成功は50%約束されたようなもの、と語っていたと言います。
まず経営者がじっくりと人生観・社会観・世界観を養い、事業経営に対する強い想いを抱くこと。強い想いは経営理念に重みを与え、経営者が一生懸命に伝えようとする姿から、やがて社員に伝わるでしょう。
松下幸之助氏の有名な著書、「実践経営哲学」の中ではこのように述べています。(以下要約)
初めは食べるために事業を行ってきたが、商売が繁盛して社員が増えてくると「使命」について考えるようになってきた。自分なりに考えた「使命」を社員に伝えるようにしたら従業員も使命感に燃え仕事に取り組むようになった。そして「経営に魂」が入った状態になってそこから驚くほど社業は発展した。
松下幸之助氏は「経営の神様」と呼ばれ、尊敬を集めていますが、経営には経営理念が最も大切であることを身をもって示した人であることも一つの理由でしょう。
遠州トラック
“ 心 心ある会社 心ある社員”
遠州トラック株式会社は、静岡県の運送業を営む会社です。昭和40年頃創業者の豊田順介氏が裸一貫で立ち上げた会社ですが、今や、年間売り上げが395億を超え、ジャスダックに上場しています。この会社の経営理念は非常にシンプルで考えさせられるものです。
常に時代の変化に翻弄される物流業界にあって、顧客に密着しスピードをもってニーズにこたえる姿勢をつらぬくことで、ここまで成長しながら事業を持続してきました。
顧客のニーズに真摯にこたえようとする姿勢を貫けるのが「心ある社員・心ある会社」である。「心」というたった一文字に存在意義とされることがみごとに集約されています。
経営理念を浸透させれば企業は真価を発揮する
どんなに立派な経営理念を作ったとしても、社員に浸透させなければ意味がありません。
「社風」というものは様々な人によって自然と出来上がるものだと思っている人が多いようですが、よい社風はよい経営理念によって生まれます。
しかし、人はそれぞれ生い立ちが違うので、性格も考え方も様々。そんな社員たちに経営理念を浸透させることは容易ではありません。
経営理念を浸透させるにはどのようにすればよいのか、そして経営理念を業績向上に結び付ける方法とはどうすればよいのかについて解説します。
浸透させる方法とは
経営理念を社員に浸透させる方法には次の4つのポイントがあります。
社長の行動が経営理念と合致していること。
社員は常に社長を見ています。社長が経営理念とかけ離れた行動をしていたのでは、経営理念はただの“文字”になります。社長はかねてから経営理念に沿った行動をとることを心がけてください。
社長がいつも経営理念を口にすること。
社長自ら宣教師のように社員に経営理念を説いて回ることが重要です。当社の理念はなぜこれなのかということについて、同じことを何回でも何年でも熱く語ることが大事です。なぜなら社員は入れ替わりますし、我が事として受け取っていなければ、すぐに忘れるからです。
経営計画を社員に示して経営理念に沿っていることを再確認させること。
会社経営は事業計画が必要になります。大切なのはこれを社員に公表することです。
公表する際には必ず経営理念を掲げるようにしてください。そして事業計画が経営理念に沿ったものであることを示し、社員全員が納得できるようにします。
社員が毎日目にして、口にすることを実行すること。
事務所に掲示して、朝礼で毎朝唱和するというのが浸透させるのに最も効果のある方法です。社長自身がすべての現場に出向くことは難しいかもしれませんが、わかりやすい言葉で示してあるならば、言葉として必ず浸透していきます。よい経営理念なら意味は後からついてくるものです。
経営理念を業績向上に生かす方法とは
松下幸之助氏が言っていたように、経営理念を口にし、会社の仕事に社会的使命感を与えると「経営に魂」が入ったようになります。
つらい労働も、自分が食うためよりは「世のため人の為」と思ったほうが2倍にも3倍にも価値のある尊いものになるのではないでしょうか。
そして経営理念は、世の中が変わっても人が変わっても変わらない会社のアイデンティティーです。つらくても道を踏み外さない。本業に集中し目標に到達する力を与えてくれるものです。
「何かおかしい」と感じた時には、このやり方は経営理念に沿っているのか再度チェックしてみましょう。誤っているのならばすぐに改めて次期の事業計画にそのことを盛り込みます。
一番外側の最も大きいPDCAサイクルは経営理念を軸に回す。このことが業績を向上させ、会社経営を持続可能なものにさせていくのです。
まとめ
このように、経営理念とは自社が何のために存在するのかを世の中に示すもの、つまり会社の「アイデンティティー」です。それは同時に、自社で働く従業員、個人の「アイデンティティー」にもなっていくのです。
自社がこの世に存在する意義そのものを定義する経営理念は、経営する動機そのものなのです。